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不眠との付き合いは長いですヨ

 おはようございます。宮崎は雨です。ジョギング3連荘でオジャンになっているぽいみんです。3日もジョギング休むと、再開するのがキツイのですが、雨と関節痛では致し方ありません。

 世間の人で「不眠症」について、どの位知られているのでしょうか。眠りにくい、眠り続けれない、眠りが浅い。これらの症状を病気だと知っている人は、どのくらいいるのでしょうか。

 うつ病で、このブログを訪れた方は、大抵の方が不眠症もお持ちかと思います。うつ病の典型的な症状に「不眠」がありますものね。

 しかし、もしうつ病にならなかったのなら、あなたは「不眠症」という病気を知っていたでしょうか。

 私は、知りませんでした。ですから、うつ病にならなくても、不眠症には悩まされていたことすら分かりませんでした。病気だと思っていないのですから、病院に行くはずもなく、治療を受けることもせず、ただ悪化の道を転がり落ちていったのです。そう、うつ病より、不眠症との付き合いが長いのです。ただ、不眠症だと分かったのは、うつ病発症が原因でした。

 私は18歳から、ある大手電気メーカーに就職して仕事をしていました。当時はバブル全盛期。しかし、入社1年もしないうちに、バブルは崩壊。コンピューター、それも企業の根幹に当たるシステム担当だった私達は、設備投資を控える企業の続発で、当面、仕事が少なくなるという環境に巻き込まれました。ただ、私は違いました。C言語のスキルが当時からあったので、今では当たり前になっている、PCとUNIXの世界に入ることになりました。

 大型コンピューターシステムから、小型システムへと世の中は移行していき、暇なはずの私は逆にどんどん忙しくなっていきました。

 入社して7年目。ダウンサイジングという言葉が世の中に溢れ、まだITという言葉が出回る前のことです。私は、戦場の最前線にいて、月の残業が250時間という超ハードな生活をしていました。

 そうなると、帰宅する時間も遅くなります。居酒屋で食事をする生活が続きました。この頃には、自力では眠れなくなっていました。ただ、アルコールも晩酌程度で、まだ若かったのもあり、ある程度はアルコールをちょいと入れると眠れたのです。

 そして、1996年。ゲームの世界に転職することになりました。初めは単なる1プログラマーでした。まあ、最初のプロジェクトは会社自体が立ち上がったばかりで、組織系統もしっかりしておらず、仕様という仕様が固まっていなくて、また当時のリーダーのやり方には大きな無駄があって、やっぱり残業(とはいっても年棒制だったので、残業という概念はなかったのですが)だらけで、泊り込みもしばしば。確実に精神を蝕んでいきました。酒の量は、僅かながら増えていました。

 最初のプロジェクトが終わると、私はプログラマーのチーフに昇格しました。これが、後に私を役員まで押し上げるきっかけになるとは、当時思いませんでした。目の前は問題が山積み。潰してはまた出てくる問題を次々片付けていきました。数年、こんな生活をしていると、今度は、会社組織の中で、トップ3に入ってしまいました。そうなると、会社を運営していく上での問題ごとまで、相談を受けるようになりました。当然ながら守秘義務があります。当時を思い返せば、妻に相談すればよかったのだと思います。しかしながら、私は家に問題を持ち込みたくないという思いがあり、居酒屋通いは毎日になり、酒も浴びる様に飲まないと眠れなくなりました。毎日が泥酔して意識を飛ばして寝る、そんな毎日でした。この頃は、完全に不眠症でしたネ。

 そして役員へ。なりたくて役員になった訳ではありません。当時の上司である人物がうつ病に倒れ、辞任。回りまわって私に打診が来たのです。断ろうがやることは一緒でしたから、それなら権力がある方がやりやすい、そう判断した私は、イヤイヤながらも役員になりました。

 役員になって、人事・総務・経理・開発を全部、一人で見ることになって、時期的にも査定だのなんだのって毎日が緊張の連続でした。そこに営業譲渡の御達しがやってきました。私は反対の立場でしたが、イヤイヤ飲まされ、1年という長い時間、一人で営業譲渡という問題に立ち向かっていました。社員にばれたら動揺する、生活だって保障できてない、そんな思いから、一人で抱え込んだのです。これが、私をうつにする原因になりました。最終的に会社は営業譲渡。問題だらけの会社と合体です。私は社員の待遇だけは保証することができましたが、新しい会社のやり方には、ほとほとウンザリしていました。

 そこで私は執行役員になってました。しかし、周りは味方は一人もおらず(営業譲渡前は協力するよとか散々言ってたクセニ)、段々苦境に陥っていきました。もう、このあたりになると、アル中といっていいぐらいの量を飲んで寝て、起きて、だるさと倦怠感と共に出社なんて当たり前になっていました。

 ある日、課長級のヤツから、つまらない苦情電話が入りました。今まで持っていた心は、まるでガラス細工が割れるみたいに、粉々になりました。会社への移動途中、電車で移動しようとしても、嫌な冷や汗は出るし、もう何もかも怖くなって、電車に乗れなくなりました。恵比寿のベンチに2時間くらい座っていましたが、その時の月は10月。寒い風が吹く頃です。実際コートも着てましたしね。だけど、冷や汗は止まらない。いつまでたっても恐怖心はなくならない。気だるさや吐き気にも教われました。「もう会社に行けない」と思って、休みながら帰宅しました。

 今まで体験したことのない感覚。上司がうつ病で、同じ様なことを言っていたので、私は疑いもせず、診療内科の門を叩きました。そして、「うつ病」という病名と「不眠症」という病名をもらいました。

 さて、ここまで書いて、私はどこで不眠症になったと思いますか?

 大手電気メーカーで残業が多くあった頃でしょうか。いいえ、この頃は兆候はありはしたものの、不眠まではいってませんでした。ではどこ?それはゲーム会社でトップ3になってからです。すると、私は10年にわたって不眠症に悩まされていることになります。10年かけて、悪化させた不眠を、今3年かけて治そうとしています。もう4年目に入りますが、治る兆しはありません。そりゃ、10年もかけて悪化させた病です。そう簡単に治る訳がないですネ。

 で、今日は何を書きたいかというと、不眠症という病があるということと、その兆候があるならアルコールには逃げてはいけないということです。アルコールは眠りを浅くします。そりゃ、すぐ寝れるでしょうが、眠りの質は最悪です。悪化させることはあっても、良くなることはありません。今でこそ、グッスミンとかいう市販薬が出回っていますが、本当に不眠症になると風邪薬の眠りを誘う成分を使ったグッスミンなんかでは治りません。

 うつ病じゃなくても、「寝れないなぁ」とか「眠りが浅い」とか「早く起きてしまう」といった症状がある方は、心療内科の受診をお勧めします。酒にだけには逃げないことが重要です。また、そういった症状の出ている方は、うつ病の予備軍です。早期治療が大事と思われます。愚痴を吐き出すことも必要になるでしょう。愚痴・不満を自分の中だけに溜め込まないことです。溜め込むと、いつか風船が割れる時みたいに、一気にうつ病へとなっていきます。

 長々と書きましたが、不眠もうつ病も、誰しもがかかる病気です。特に、実力主義がはばかっている世の中では、ちょっとしたことで発症してしまいます。気をつけてください。

HAWK2700さん
 そうですね。長期で休んでしまうと、色々調整が必要になってしまします。睡眠薬は飲んでいれば必ず眠れるものではないですし、それだけでも調整が大変なものです。本当に睡眠薬は難しいものですね。

namaさん
 namaさんは働きはじめられたところだから、実感される部分は多いと思います。また。多く睡眠薬を飲まれてますから、調整は大変なことでしょう。それでも、病気をおして働いていらっしゃる姿には憧れます。私も早いところ、調整をして働きたいです。企業のうつ病に対する扱いは、会社ごとに違うとは思うのですが、やっぱりうつ病の人には優しくない企業が多いのが現状です。ちっぽけな力ですが、ここで地道に訴えていきたいと思います。

けんサン
 お勤め品を買っているのですもんネ。自宅近辺のスーパーは、夕方に行っても割引とかやってますねぇ。刺身とか肉とかは無理ですが。マイスリーは短時間型なんですか。その割には良く眠られているなあと思うので、けんサンの不眠度合いは軽いのかもしれませんね。

多摩急行さん
 おお、かなり体調が良くなられたのですね。でも、治りかけの今が大事だと思うのです。再々休職という訳にはいかないと思うので、休職期間一杯使うつもりで、ご自愛ください。

みっちーサン
 リハビリ出勤とはいっても、出勤には変わりはありませんから、休日となるとワクワクしちゃうんではないですか。散歩はいいことだと思います。翌日に疲れが残らない程度に、行動されるとリフレッシュもできますし、またそれもリハビリになると思います。くれぐれも無理なさらないように。

ジュウザさん
 そうですね。うつが酷いと生活リズムも無茶苦茶になってしまいがち。まずは、そこをリズムのある生活スタイルに変えていけるかが重要だと思います。特に、社会復帰する時は、いきなり無茶苦茶な状態から復帰すると、心身共に負荷がかかります。それは、今までのリズムと違うことをするのですから当然です。再発防止のためにも、生活リズムを整えるのは大事だと思います。

熊五郎さん
 うつの前半は、とにかく眠れる時に寝るでもいいとは思います。熊五郎さんのおっしゃる様に、ある程度良くなったら、生活リズムを取り戻すことですね。マイスリーで眠れるのはいいですねぇ。私の睡眠薬は長期型中心なんで、困り者です。

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コメント

わたしもうつになった時、眠れないことが
特別なことだと思いませんでした。
1日中ドキドキして布団から起き上がれなくても
夜眠れなくても、新聞やテレビが見れなくなっても。うつって診断されるまでそのころわたしを
押しつぶしそうだった問題がただわたしを
悩ませていると思うだけでした。
薬をもらって何ヶ月ぶりかに眠れたときに
うつという病名をもらって
なぜかほっとしたことを覚えています。

投稿: miepon | 2008年4月 7日 (月) 09時28分

ぽいみんさんは色々頑張ってこられたんですね。
月250時間とは寝る時間以外ほぼ仕事ですね(>_<)そりゃいつウツになってもおかしくなかったですね。

年俸制って、残業代を払わない制度なので、注意が必要ですよね。ITだと絶対っていいほど、残業がありますからね。

俺の不眠症は軽い方だと思います。
寝つきが悪いだけで、あとは朝までぐっすりです。
漢方が効いてきたのか、ジプレキサのおかげで腹が減って起きるのかはわかりませんが…

俺もうつになる数ヶ月前から不眠が続いていましたよ。不眠になると、会社に行くのもしんどくなるので、体力と気力が減退します・

投稿: けん | 2008年4月 7日 (月) 11時40分

私は寝つきが悪いことと動悸が酷いことをきっかけに心療内科にいって、不眠症&抑うつ状態って言われました。
お酒に頼る発想はなかったですね…かえって寝られなくなる・眠りが浅くなるって知ってましたから。

しばらく調子良かったんですが、最近また睡眠の質が悪くなってきました。
日中の薬が一時的に増えたけど今は減って、でも睡眠薬は相変わらず出続けてます。なのに、飲んでも寝られない・夜中に起きるといったことが増えてきてしまいました。
私の場合は原因がハッキリしてるので、それが解消されれば眠れるようになるはずなんですが、なかなか解消されません(´・ω・`)
自分の方が旦那よりも病人になってるように思えたりもします…支える家族がこんなこと言ってちゃ駄目ですよね。もっと強く、しっかりしないと。
分かってるんですけど、これだけ一生懸命支えてるのに、今の辛い気持ちは一体誰が支えてくれるんだろうって思ってしまう弱い自分を消せません(>_<)

投稿: らいらい | 2008年4月 7日 (月) 12時02分

グッスミン、私も飲んでみた事がありますが、全くききませんでした。そして飲めもしないアルコールで寝るという同じような事もしてました。仰る通り眠りの質は最悪、夜中に眼が覚めて気分も悪いですしね。
ゲーム業界の労働環境はTVで報道される事があるにもかかわらず、悲惨な事には触れられず憧れの業界としか映らない放送ばかりが目立つ気がします。
最近の子供達のさりたい職業に「ゲームを作る人」もあるみたいですが、現状を知ったら誰もならないでしょうね。
IT業界は何故かサービス残業・泊まり込みが当たり前で通っている風潮があるように感じられてなりません。
ぽいみんさんの精神的負担は猛烈なものなのですね。

投稿: ぶぶぅ | 2008年4月 7日 (月) 14時41分

すいません。
コメントの中の
「最近の子供達のさりたい職業に」
ではなくて
最近の子供達のなりたい職業に」
の間違いでした。

投稿: ぶぶぅ | 2008年4月 7日 (月) 14時43分

私は最初、寝付けないというのはなくて、朝起きられない、というところから始まりました。今思うと眠りが浅かったんだと思います(小さい頃からそうらしいのですが、それがひどくなった状態かと)。

うつと診断されて薬を飲んでいるのに、毎晩のように泥酔して帰宅したり、朝まで飲んでシャワー浴びるためだけに帰宅してまた出社、なんて馬鹿なこともしてました。眠れないから酒を飲んでいたわけではなく、酒が唯一のストレス解消法という非常に不健全な状態でした。睡眠リズムもおのずから狂うと言うものです。というか、そんな生活続けていたせいで睡眠リズム狂ったんだと思います。一度治ったのに、また今おかしいのは何故かわかりませんが・・・。

しかし私はいちサラリーマン、しかもヘボ営業とぽいみんさんと比べたら責任もなく精神的負担も軽かったでしょうに、そんな風になってしまいました。
まして会社の責任を負う立場まで経験されたぽいみんさん、私も同じ業界でひどい現場を少し見ているとはいえ、私の想像の域を超えるしんどさだったと思います。

その経験が、いつも世の中に警鐘を鳴らすような文章を生み出しているのでしょうね。ぽいみんさんのブログを訪れた人が心の健康に少しでも敏感になってくれることを願ってやみません。って私もそういう文が書けたらいいんですけど。長くなってすみません。

投稿: nama | 2008年4月 7日 (月) 19時36分

こんばんは。
不眠症ですか?僕はいつから不眠になったっけ?
実は、僕も新卒で今で言うIT企業に入社して2年間PG、2年間SEと、丸4年在籍していました。
当時はまだ、オフコンの時代ですが、毎日午前様、時には徹夜も経験しました。
挙句の果て、尿道結石になり、白旗を揚げました。
その頃から、元々の神経質な性格もあり、寝不足に悩まされていました。
営業になってからも。発注ミスがないかなど、悩み事があると、全然眠れませんでした。
だから、僕も10年以上は、不眠との付き合いがありますね。
ただ、酒には走らず、ただ、タバコを吸いながら、暗い街を窓からボーっと見てました。

そう考えると、長い付き合いやなぁ~。

投稿: ジュウザ | 2008年4月 7日 (月) 19時39分

月の残業が250時間…想像を絶します。すごく壮絶な体験をされてきたのだなと思います。
私も結婚する前に働いていた頃から寝つきが悪く不眠気味だったような気がします。
小さな個人事務所だったので、昼間は外回りや電話対応、夜は事務所で書類作成(電話もほとんどかかってこないし、集中して仕事ができるから)という感じで生活していました。常に追い立てられるような感じで仕事をしていたような気がします。
それで遅く帰ってきて、仕事モードから切り替えることができず、ついついお酒に頼って眠りにつくようになっていました。酒量もだんだん増えて、ひどいときにはウイスキーやジンをボトルでラッパ飲みしていました。
この頃から原因不明の蕁麻疹も発症しました。
その後、引越、結婚、出産とめまぐるしく環境が変わり、夜間の授乳や夜泣きなどで消耗して、そして仕事に復帰したころから、原因不明の焦燥感と不安感、全身の倦怠感によって起き上がれなくなってしまいました。
私のうつ病と不眠の根っこも意外と深そうだなと思いました。

投稿: 熊五郎 | 2008年4月 7日 (月) 21時08分

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